岐阜地方裁判所 平成8年(ワ)317号 判決 1997年4月17日
原告
甲野一郎(仮名)(X)
被告
国 (Y2)
右代表者法務大臣
松浦功
右指定代理人
河瀬由美子
同
樹下芳博
同
波多野昭良
同
安部幾男
同
西澤法久
同
千田孝博
被告
岐阜県(Y1)
右代表者知事
梶原拓
右訴訟代理人弁護士
端元博保
同
伊藤公郎
理由
一 請求原因1について
原告が、平成七年四月二〇日当時から、本件約束手形及び本件小切手の所持人であり、これらをアタッシュケースに入れて本件車両内に保管していたことは、当事者間に争いがない。
二 請求原因2(不法行為)について
1 当事者間に争いのない事実、当裁判所に顕著な事実(当庁平成八年(む)第三二一号事件を審理決定した裁判所は当裁判所と同じ構成である。)、弁論の全趣旨によれば、次のとおり認めることができる。
(一) 岐阜簡易裁判所裁判官は、平成七年四月二〇日、司法警察員の請求により、原告に対する銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反被疑事件について、本件車両を捜索し、本件車両、けん銃二丁、けん銃実包、けん銃及び同実包が包装されていた革製黒色セカンドバッグ、油紙、ハンカチ、タオル等、けん銃の譲り受け等に関するメモ等を差押えることを許可する旨の捜索差押許可状(以下「本件令状」という。)を発付した。
(二) そして、山腰巡査は、本件令状により、同日、当時原告と同居していた乙川花子を立会人として本件車両の捜索を行い、別紙押収品目録記載の物件(以下「本件差押物件」という。)を差し押さえ、押収品目録交付書を乙川花子に交付した。
(三) 本件差押物件は、同年七月一三日、岐阜地方検察庁に証拠品送致されたが、その際、本件車両は庁外保管として中警察署駐車場において保管された。
(四) 平成七年一一月ころ、原告の刑事事件の弁護人から、中警察署に対し、本件約束手形が押収されているので返還してもらいたい旨の問い合わせがあったが、中警察署職員らが原告に係る詐欺、銃砲刀剣類所持等取締法違反被疑事件に関する事件処理簿の証拠金品総目録、捜索差押調書の写しなどを確認したところ、本件約束手形の押収事実の記述がなかったため、同弁護人に対し、本件約束手形の押収事実はない旨回答した。
(五) 平成八年四月二三日付けで、原告から桑原検事に対し、本件約束手形の還付の申入れがあったことから、桑原検事が中警察署に照会したところ、本件車両後部トランク内に本件約束手形、本件小切手を含む本件物件が積載されていることが判明した。
(六) 司法警察員らは、桑原検事の指導のもと、本件物件を押収品外物件として、還付ではなく任意に返還する手続をとろうとし、同年四月二六日、司法警察員らが、当時原告が在監していた支所に赴き、原告に対し、本件物件を引き渡そうとしたところ、原告は、本件約束手形に係る損害賠償請求の主張をするなどしてその受領を拒否した。
(七) さらに、司法警察員らは、同年五月三〇日、支所において、本件物件を原告の所持品として差入れ手続をとるとともに、原告宛に内容証明郵便により本件物件を返却する旨の通知をしたところ、原告は、本件物件の受領を拒否した。
(八) そのため、司法警察員らは、本件物件を中警察署において保管することとし、原告に対し、内容証明郵便により右内容を通知したが、原告は内容証明郵便の受領を拒否した。
2 原告は、山腰巡査と中警察署所属の警察官が本件物件を差し押さえたことは違法である旨主張するので、まず、これについて検討する。
前記1認定の事実によれば、本件物件は、適法に差押えられた本件車両内に積載されていたものであるが、いずれも、本件令状の差押対象物には該当しないものである。ところで、刑事訴訟法二一九条が捜索差押許可状に差し押えるべき物の明示を要求した趣旨は、目的物を令状に明示する手段を通じて差押えの許否に関する裁判所の判断を慎重に行わせ、捜査機関に対して裁判所が許可した差押権限の範囲を明確に知らしめることによって権限の逸脱や濫用を防止するとともに、当該令状の呈示を受ける被処分者に対し、その令状によって法律上受忍すべき差押えの範囲を知らしめることにより、万一許可された以外の物が差し押さえられたときは不服申立ての機会を保障しようとする点にある。
この趣旨に照らせば、捜索差押許可状に差し押えるべき物として自動車と記載されている場合、自動車の積載品を自動車と一体をなしているとみて一個の物件として差し押えることを許可したものであるとは到底解されない。したがって、自動車を差し押える場合には、自動車内部にどのような物品が積載されているかを点検し差押対象物以外の積載品は被押収者に返還したうえで、自動車を差し押えるべきである。
前記1認定の事実によれば、山腰巡査は、本件車両を差し押さえるに当たり、自動車の積載品も自動車と一体をなしているものとみて、本件物件を本件車両とともに差し押さえたものというべきである。
したがって、本件物件については、本件令状に記載のない物を差し押さえた違法があるといわなければならない。
なお、原告は、本件車両ないし本件物件の差押えに、山腰巡査以外の中警察署所属の警察官が関与した旨主張するが、本件全証拠によっても、右事実を認めることはできない。
3 次に、原告は、桑原検事及び司法警察員らが、原告への嫌がらせなどのために、本件車両や本件約束手形の返還要求を無視し続け、本件車両、本件約束手形、本件小切手の不法占有を続けた旨主張するので、検討する。
(一) 本件約束手形、本件小切手の留置について
(1) 前記2で認定説示したところによれば、本件約束手形及び本件小切手については、捜査官に差押えの権限が与えられていなかったのであるから、山腰巡査ないし司法警察員らがそれらを留置することも不法行為を構成するといわざるを得ない。
しかしながら、前記1認定の事実によれば、司法警察員らは、平成八年四月二六日に、原告が在監している支所に赴き、原告に対し、本件物件を返還しようとしており、右所為は、捜査機関の占有を解いたものとして還付と同視しうる処分ということができる。
したがって、平成八年四月二六日以降の、司法警察員らの本件物件の占有は、原告の受領拒否により原告に代わって保管しているというものであって、右以降の占有が不法行為を構成するということはできない。
(2) ところで、原告は、桑原検事が本件約束手形及び本件小切手を不法に占有していた旨主張する。
しかし、本件全証拠によっても、桑原検事が、本件物件の差押えに関与したことや原告からの本件約束手形の還付要求以前に、本件車両内に本件約束手形や本件小切手が積載されていたことを知っていたことを認めることができないから、桑原検事が本件約束手形及び本件小切手を占有したとみることはできない。
さらに、前記1認定事実によれば、桑原検事は本件物件が中警察署に保管されている事実を知った後、すみやかに同署に対して原告に本件物件を返還するよう指示しているから、桑原検事が司法警察員らをして本件物件の占有を継続させたということもできないし、本件約束手形の返還要求を再三無視し続けたということもできない。
(二) 本件車両の留置等について
前記1認定の事実によれば、本件車両の差押えは適法になされたものということができる。そして、本件全証拠によっても、桑原検事や司法警察員らが、原告の本件車両の返還要求を再三無視し続け、本件車両の管理を怠って故障させ、原告に本件車両にかかる自動車税、自賠責保険料、車検期間の償却損害金等の負担を強いたとの原告主張の事実を認めることはできない。
(三) また、本件全証拠によっても、請求原因2(三)ないし(五)の事実を認めることはできない。
三 被告らの責任について
1 被告岐阜県の責任
前記二で説示したとおり、山腰巡査は、本件物件を違法に差し押さえたというべきであり、これは、被告岐阜県の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うに当たり、過失によって違法に他人に損害を加えたものといえるから、被告岐阜県は、国家賠償法一条一項による責任を負う。
2 被告国の責任
前記二で認定説示したとおり、原告において、桑原検事が行ったと主張する不法行為の事実、支所に勤務する公務員が行ったと主張する不法行為の事実は、いずれも認められないので、これらに基づく被告国の責任を認めることはできない。
なお、原告は、桑原検事が本件約束手形及び本件小切手が本件車両内に存在していたことを知らなかったとしても、所有の意思なき占有者として損害賠償義務を負う旨主張するが、前記二で認定説示したとおり、そもそも、桑原検事が本件約束手形や本件小切手を占有したとみることができないのであるから、原告の右主張は前提を欠き失当である。
また、原告は、被告国が被告岐阜県の司法警察員の不法行為についても賠償責任を負うべきである旨主張する。
しかしながら、都道府県の警察官が捜査を行うにつき故意又は過失によって違法に他人に損害を加えた場合において、国家賠償法一条一項により損害賠償責任を負うのは、その捜査が検察官が自ら行う犯罪の捜査の補助に係るものであるときのような例外的場合(刑事訴訟法一九三条三項)を除いては、国ではなく当該都道府県であると解される(最高裁昭和五四年七月一〇日判決・民集三三巻五号四八一頁参照)ところ、本件車両ないし本件約束手形及び本件小切手についての差押えは、右例外的場合ではないから、被告国は、国家賠償法一条一項により損害賠償責任を負うものではない。また、警察官の一般的捜査の費用は国が都道府県警察の経費を負担する場合に当たらないこと(警察法三七条一項、同法施行令二条)、国の都道府県警察に対する一般的な経費補助は、地方財政法一六条による補助金にすぎないことなどに照らせば、被告国には国家賠償法三条所定の費用負担者としての責任もないと解される。
したがって、原告の被告国に対する損害賠償請求は、その余について判断するまでもなく、理由がない。
四 損害について
1 本件約束手形の遡求権喪失に係る損害について
(一) 〔証拠略〕によれば、本件約束手形は、いずれも振出人「かづや太田和子」から受取人沢田に対し振り出されたものであり、手形券面上、沢田が白地式により山田に取立委任裏書をし、山田が原告に白地式裏書をしたものであることが認められる。
ところで、取立委任裏書には権利移転的効力はなく、被裏書人は代理権を取得するにすぎず独自の経済的利益を有しないし、その裏書人は担保責任を負わないのであるから、沢田は本件約束手形における裏書人の担保責任を負うものではない。
また、取立委任裏書を受けた被裏書人は、その代理権を裏書によって他人に移転することはできる(手形法七七条一項一号、一八条一項但書)が、通常の譲渡裏書をすることはできないため、取立文言がなくても当然に取立委任裏書と解されるため、本件約束手形の山田のした裏書は、取立文言がなくても取立委任裏書と解されるから、山田も裏書人の担保責任を負うものではない。
(二) なお、原告は、本件約束手形は、いずれも、沢田が取立委任裏書をした後で手形を受け戻し、取立委任文言を抹消することなく譲渡裏書をしたものであり、山田がした裏書は譲渡裏書であるから、山田は裏書人の担保責任を負う旨主張する。
しかし、仮に、沢田が取立委任文言を抹消することなく譲渡裏書をしたものであるとしても、通常の譲渡裏書としての効力を生ずるためには取立委任文言を抹消する必要があり(東京地裁昭和四二年三月八日判決・金融法務事情四七四号三二頁参照)、しかも、取立委任文言を抹消した場合に通常の譲渡裏書の効力が生ずるのは抹消の時からである(最高裁昭和五〇年一月二一日判決・金融法務事情七四六号二八頁、最高裁昭和六〇年三月二六日判決・判例時報一一五六号一四三頁参照)。
したがって、仮に、沢田が取立委任裏書をした後で本件約束手形を受け戻して取立委任文言を抹消することなく譲渡裏書をし、原告が本件約束手形の占有を維持していて沢田に依頼するなどして適法に本件約束手形の取立委任文言を抹消することができたとしても、本件約束手形が積載された本件車両が押収された時点ですでに本件約束手形の支払拒絶証書作成期間が経過しているため、その裏書は期限後裏書の効力しか生じないから、やはり裏書人の担保責任は生じない(手形法七七条一項一号、二〇条二項)。
(三) よって、原告が本件約束手形上有する権限は、いずれも沢田の債権取立権限であり、振出人に請求できるのみで遡求権を行使すべき相手方は存在しないから、原告が主張する遡求権の時効消滅による損害は認めることができない。
さらに、原告が本件約束手形について固有の経済的利益を有する旨の具体的な主張、立証もないから、原告が主張する本件約束手形上の一切の権利行使を妨げられたことによる損害も認めることができない。
2 九〇万円の小切手に係る損害について
(一) 遡求権の時効消滅による損害について
〔証拠略〕によれば、原告は、平成七年三月二六日付け内容証明郵便により、細田及び小栗に対し、九〇万円の小切手の支払を催告していたため、細田及び小栗に対する九〇万円の小切手の遡求権の時効は、催告としてその後六か月以内に更に裁判上の請求その他の強力な時効中断の手続をとれば、中断したものであるということはできる(民法一五三条)。
ところで、原告は、九〇万円の小切手が違法に差押えられたことから、右裁判上の請求等の強力な時効中断の手続をとれず、そのため、平成七年九月二六日ころに、右遡求権が時効消滅したことを損害として主張するが、そもそも、小切手を所持していないことは、時効中断のため裁判上の請求を行うことに対する障害とはならないと解される(最高裁昭和三九年一一月二四日判決・民集一八巻九号一九五二頁参照)から、右遡求権の時効消滅は、原告が平成七年九月二六日ころまでの間に、細田及び小栗に対して裁判上の請求等を行わなかったという原告自身の不作為を原因とするものであり、九〇万円の小切手についての違法差押えと九〇万円の小切手の遡求権の時効消滅という損害との間には因果関係がないというべきである。
しかも、原告本人尋問の結果によれば、原告は、九〇万円の小切手を小栗から割り引いたものであることが認められるから、遡求権の時効消滅により、小栗に対し利得返還請求権を行使し得るので、九〇万円の小切手の遡求権が時効消滅したからといって右券面額相当の損害が確定的に発生したとはいえない。
したがって、九〇万円の小切手の遡求権の時効消滅による損害は認められない。
(二) 利息金相当額の損害について
確かに、九〇万円の小切手が違法に差し押さえられたことにより、原告は、平成七年四月二〇日から九〇万円の小切手の所持を一時喪失していたといえるが、所持を一時喪失したからといって、除権判決の制度があることなどに照らせば、右小切手上の権利行使が一切できなくなるわけではないから、直ちに、不法占有期間の右小切手券面額に対する利息金相当の損害を被ったということはできないと解される。
したがって、九〇万円の小切手の利息金相当額の損害も認められない。
3 二〇〇万円の小切手に係る損害について
〔証拠略〕によれば、二〇〇万円の小切手は、振出日白地の未完成小切手であることが認められるから、小切手上の権利は発生しておらず、その支分権である利息も発生しているものではない。
しかし、白地小切手を喪失した場合は、除権判決を得てもそれだけでは白地を補充して小切手上の権利を行使することはできないと解されること(最高裁昭和四三年四月一二日判決・民集二二巻四号九一一頁参照)、白地小切手を喪失して除権判決を得た場合でも、小切手債務者に対し喪失した小切手と同一内容の小切手の再発行を請求する権利を有しないと解されること(最高裁昭和五一年四月八日判決・民集三〇巻三号一八三頁参照)に照らせば、白地小切手の所持を喪失した場合に除権判決制度があるから白地小切手上の権利行使が妨げられないということはできない。そのため、白地小切手である二〇〇万円の小切手の平成七年四月二〇日から平成八年四月二六日までの間の違法な占有により、原告は何らかの損害を受けたというべきである。
ところで、原告は、仮に、二〇〇万円の小切手が平成七年四月二〇日に差し押えられなかったならば、平成七年春ころには補充権を行使して右小切手上の権利行使をしていたと供述するが、原告が右同日に逮捕されその後適法に身柄拘束されていたこと(当裁判所に顕著な事実)に照らせば、原告が当然に平成七年四月二〇日から二〇〇万円の小切手上の権利行使が可能であったということはできず、また、具体的にいつ頃から原告が二〇〇万円の小切手の権利行使が可能であったかを確定する証拠もない。また、〔証拠略〕によれば、二〇〇万円の小切手の裏書人である小栗の関わった九〇万円の小切手が資金不足により支払がなされなかったことが認められることに照らしても、二〇〇万円の小切手が容易に確実に現金化されたものとは認めがたいところである。
したがって、原告が、二〇〇万円の小切手に対する平成七年四月二〇日からの法定利息金相当額の損害を受けたと認めることはできないが、以上の諸事情のほか、後記の違法な押収によって受けた精神的苦痛の慰謝料について判断した事情も併せて考慮すると、二〇〇万円の小切手については、平成七年四月二〇日から平成八年四月二六日までの間の違法な占有により、原告は少なくとも三万円の損害を被ったものと認めるのが相当である。
4 慰謝料について
(一) 違法な押収によって受けた精神的苦痛の慰謝料について
前記認定説示したとおり、山腰巡査がした本件物件についての押収は違法なものであるから、原告がこれにより精神的に何らかの影響を受けたものであることは窺うことはできるが、前記の二〇〇万円の小切手に関して認めた損害賠償のほかに、これのみによっては未だ慰謝料をもって慰謝すべきほどの精神的苦痛を受けたものと認めるには足りないから、右の慰謝料請求は理由がない。
(二) 本件約束手形上、本件小切手上の権利行使が妨げられたことによる慰謝料について
手形上ないし小切手上の権利侵害という純粋に経済的利益としての財産権侵害の場合は、財産権損害の賠償によって精神的苦痛も同時に慰謝されるのが原則であり、慰謝料を請求し得るためには特段の事情が認められなければならないところ、原告に、本件約束手形に係る損害及び本件小切手に係る損害が発生していないことは、前記1ないし3のとおりであるから、それに付随する精神的損害としての慰謝料が発生する余地はなく、しかも、右特段の事情の主張立証もないから、本件約束手形上、本件小切手上の権利行使が妨げられたことによる慰謝料の請求は認められない。
(三) 請求原因2(三)ないし(五)記載の各不法行為による慰謝料について
前記認定説示のとおり、請求原因2(三)ないし(五)記載の各不法行為は認めることができない。
五 結論
以上によれば、原告の各請求は、被告岐阜県に対する請求は三万円の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、被告岐阜県に対するその余の請求及び被告国に対する請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言については相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 菅英昇 裁判官 鬼頭清貴 明石万起子)